第16回
音楽プロデューサー

藤田 純二


 音楽家に作品世界に則した楽曲を書いてもらうための重要な役割を担う音楽プロデューサー。『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』(以下、『THE ORIGIN』)で音楽プロデューサーを務めたのは、35年前に『機動戦士ガンダム』(以下、『ガンダム』)のテレビシリーズと劇場版3部作の音楽ディレクターを担当していた藤田純二さん。35年という年月を跨いで、2つの作品に携わることになった音楽制作者としての思いを、当時の様子と共に語ってもらった。
—— 藤田さんは、『ガンダム』放送当時にキングレコードの音楽ディレクターという立場でサウンドトラックのアルバムを発売するのに尽力されていますが、『ガンダム』は音楽的なアニメ音楽という部分でも大きな変革をもたらすような作品だったのですか?
藤田 『ガンダム』のサントラアルバムを出すきっかけというのは、その前に放送されていた『無敵超人ザンボット3』(以下、『ザンボット3』)のアルバム発売が影響しているんです。『ザンボット3』は、最初に主題歌のシングルを出すだけで、サントラに関しては手が付けられていなかったのです。それが、放送が終わってからアルバムを出すことになり、その結果お客さんからいろんな意見が返ってきたんですね。富野(由悠季)さんがこだわった音楽が、どれくらいの年代に支持されているのか、どんな感想を持ったのかを知ることで手応えを感じまして。お客さんが子供ではないということも判ったので、『ザンボット3』で至らなかったことを『ガンダム』で実現したいという思いはありました。
 そうした状況から、『ガンダム』は音的にも当時の最新の録音システムを使ってBGMを録るということを意識的にやりました。その結果、アルバムを聞いてくれたお客さんが「曲が最初から最後まで収録されている」とか「ステレオがいい」という形で、今までの音楽とは違うと感じていただけたというのがありますね。
—— やはり、当時の空気感としては、『宇宙戦艦ヤマト』のヒットから始まって、「アニメは大人も楽しんでいいもの」という雰囲気があったのでしょうか?
藤田 『宇宙戦艦ヤマト』はあんなにヒットしたにも関わらず、当時BGMを収録したアルバムを作っていなかったんです。『宇宙戦艦ヤマト』の頃まではBGMはアニメ会社が番組を作るためだけに作るもので、レコード会社は歌とか組曲とかそちらの方に力を注いでいました。BGMの価値が低く見られていたということなのでしょうね。ただ、当時のキングレコードは、そうではないと。BGMこそがオリジナルの音楽であり、テレビで流れる音楽を一番いい形でお客さんに提供することが、レコード会社としては大事なのだと。それまでは、そのようなことをどこのレコード会社もやっていなかったんですよね。
—— そうして意識を変えた結果というのはいかがでしたか?
藤田 『ガンダム』のアルバムは2枚出しているのですが、1枚目を出したときの売り上げはそこそこという感じで、爆発的なヒットという感じではなかったです。爆発的に売れたのは、2枚目のアルバムでしたね。1枚目は、いわゆるアニメのセル絵をジャケットにしていたのですが、2枚目は『戦場で』というタイトルを付けて、安彦(良和)さんが描き下ろしたイラストをジャケットイラストに使ったところ、爆発的な人気になったんですね。その後、それに引っ張られる形で、主要な曲が入っている1枚目も売れるという形で。
—— あの有名なジャケットですね。1枚目と2枚目では、どうしてジャケットのテイストが変わったのでしょうか?
藤田 当時、富野さんからは「ジャケットが子供っぽい」という注意を受けていたんです。その意見はごもっともだったのですが、当時のシステムとしてジャケットは版権イラストという扱いになるので、サンライズの版権部にお願いして、セル画に描いてもらってパッケージを発注するという流れが決まっていました。だから、1枚目はアニメ絵のものしかできなかった。ただ、2枚目を作る時には、「音楽もこのとおりの仕上がりなので、もっと大人っぽいジャケットでやって欲しい」という話をしたところ、当時のサンライズの社長だった岸本(吉㓛)さんが我々の意見を聞いてくれまして、自らが安彦さんに頼んでいただけたという。そんな、岸本社長が動いていただいたおかげで、あのアルバムが発売できたわけですね。
—— 事実、あの『戦場で』のジャケットイラスト以降、安彦さんや大河原(邦男)さんが多くの版権イラストを手がけるようになりました。
藤田 『ザンボット3』、『無敵鋼人ダイターン3』、『ガンダム』という流れで、ターゲットが子供を含みつつも、だんだん年齢層が高くなっていったんですよね。中高生はもちろん、大学生も含めてアニメを広げて行こうという流れにあって、音もそうだけど、ジャケットのデザインや絵も大事だということを、『戦場で』というアルバムを出して始めて実感ができました。だから、いろんな意味で、ガンダムが世の中を変えて来たと思いますね。
—— 当時は音楽ディレクターという立場で参加されていましたが、『THE ORIGIN』では音楽プロデューサーとして参加されていますね。音楽プロデューサーというのは、どのような仕事をされているのですか?
藤田 簡単に言ってしまうと、監督を含めたアニメ制作のスタッフと作曲家を結ぶコネクションというか、翻訳家みたいな仕事ですね。「触媒」って言い方も使いますが、アニメの音楽を作る際に化学反応は必要なんだけど、自分は変化しないという。そうした、触媒のような作用をするのが音楽プロデューサーですね。今回の『THE ORIGIN』では、音楽の担当に服部隆之さんを起用しましたが、服部さんと今西(隆志)監督をはじめとしたスタッフのコミュニケーションをよりよくするために、通訳としてアニメの話を音楽的な言葉に置き換えて服部さんに伝え、逆に服部さんが音楽的に言われたことを今度はアニメ制作側の言葉にして、スタッフに伝える。今回は、そういう仕事が多いですね。プロデューサーというと、決定者みたいなイメージがあるかもしれないですが、今回はそういう仕事はしていないですね。以前いたレコード会社では、音楽家を決めるところから仕事をしたことがありますが、『ガンダム』の頃も、監督は富野さんで、音楽に関しては渡辺岳夫さん、松山祐士さんがBGMを担当するということは、既に決まっていましたし。当時の私がキングレコードの音楽ディレクターとしてやったのは、渡辺岳夫さんと松山祐士さんに、富野さんの難しい話を分かり易く解きほぐしていくという作業でした。
—— 一般的なイメージだと、プロデューサーが関わるのは最初だけという印象ですが、最後までしっかりと関わり続けるんですね。
藤田 暇があれば、アフレコやダビングにも立ち会うようにしています。ガンダム関係ではなかったですが、作品によっては乱暴な曲の使い方をする人もいますからね。音楽を途中で切って、別の曲とつなげちゃうというようなことも起こりうるので、「それは勘弁してください」とお願いすることもあります。勉強のためにスタジオでどうやって台詞を録るのか、効果音や音楽をどういうレベルでタイミングに合わせて行くのかを見て、「自分の録音した音楽は使い難くないか?」「メロディがちょっと小さいからBGMとしてはメロディを立てて納品した方が使い易いのではないか?」ということを考えたりはしますね。だから、レコ−ディングで終わりではないんですよね。やはり、フィルムができるまでできるだけいろんなところに顔を出して、いい形で音楽を使われるように努力をしているという感じです。
—— 服部隆之さんには、どのような経緯でお願いすることになったんでしょうか?
藤田 今回は合議制で、監督を中心としたスタッフ会議がありまして。その中で、お願いしたい作曲家の方の名前を具体的に挙げて、どの方がいいのかを話をします。その後、優先順位の候補を決めて、交渉していくという感じですね。その中で、今回は一番に服部さんの名前が挙がり、音楽の依頼をしたところ快く引き受けていただけたということで、すんなりと決まりました。
—— 音楽家の向き不向きや時代性を考慮する形で決めていくという感じでしょうか?
藤田 やはりガンダムの音楽は、今までもシンフォニックなものを、オーケストラを使ってBGMとして録るというのが暗黙の了解になっています。そこで、BGMでオーケストラを書けない方はあまり候補に挙がらないですね。
—— 服部さんと言えば、有名なドラマや映画の音楽を手がけているので、それがどのようにガンダムにマッチングするかは気になりましたね。
藤田 興味がありますよね。服部さんは、女性向けからテレビドラマ、映画、特撮のゴジラシリーズまで、幅広いですから。服部さんの持っている幅の中で、どの部分を今回の『THE ORIGIN』で表現してもらうかをすごく考えました、服部さんご自身も考えられたと思います。
—— 安彦さんや今西さんから、音楽的なオーダーはありましたか?
藤田 安彦さんは漫画原作者やキャラクターデザイナーという立場から「ガンダムとはこういう作品です」と服部さんに直に伝えていましたね。今西さんからは、今回の演出や物語の中身に関して、より絞ったテーマ的な部分や雰囲気、空気感について伝えていましたね。でも、それは安彦さんの漫画原作者としてのワード、今西さんも絵面を作る監督としての言葉なんですよね。そこで出される「動乱」や「独立運動」というのは音楽的な用語ではないんです。それを服部さんに伝える際には、服部さんのイメージを縛らないレベルで具体的な音楽や作曲家の名前を出して詰めていったという感じです。一方で、オリジナルでもある、『ガンダム』の渡辺岳夫さんや松山祐士さんの音楽をなぞるのはいいことではないのですが、そこを意識しないでやるということはできないので、そこは押さえつつも、服部さんのいい部分がガンダムの世界に合うという話を伝えました。
 最初に公開された90秒の予告編の音楽がとにかく大事で、自分たちが作る『THE ORIGIN』の音楽がずれていないかというのは不安でしたね。だから、すごく綿密に打ち合わせをして、作って、聴いてというのを重ねました。そして、「この音楽で大丈夫。すごくいい曲です」と服部さんに伝えた時には、自信を持ってもらえたみたいです。そこまでが私の仕事で、服部さんが「これがガンダムだ」と手応えを掴んでくれたら、もうほとんどやることはないですね。最初の予告編からピタっとはまるものを作ってもらえたし、安彦さんも今西さんも「絶対にこれだ」と言ってくれるはずだと思えましたね。私の心の中では「平成に描く『THE ORIGIN』というガンダムは、服部隆之、これで行くんだと思っていました」
—— 実際の音楽作りについて、服部さんとお話をされた時は、どこに重点を置かれましたか?
藤田 くどいように言ったのは、「子供の音楽ではない」、「勧善懲悪的な音楽はいらない」という話をしました。これは映画音楽であり、戦争映画の音楽だと思って書いてくださいと。服部さんからは、「アニメでそんなことをしてもいいですか?」と言われましたが(笑)。「絵面がそうなるので、いいんです」「戦争映画、思想映画、戦争の記録映画に付けてもおかしくない音楽が合うはずです」と話をしましたね。
—— 音楽の一部に渡辺岳夫さん、松山祐士さんが作られた楽曲をアレンジしたものがありますが、その作業に関してはどのようなやりとりをされましたか?
藤田 どの曲を使うかということに関しては、今西さんと音響監督の藤野(貞義)さんが決めています。旧曲を使いたいと思ったところは、服部さんにアレンジとオーケストレーションをしてもらいます。服部さんも先輩の曲を参考にスコアを書くわけですから、大変だとは思いますが快く引き受けて頂き、他の曲と統一感のある形でまとめてもらいました。元の曲のハーモニーやリズムを壊してしまうとファンに怒られてしまうからと、きちんと基本的な骨格は残してアレンジしていただけたので、やはりセンスがいい方だなと改めて思いましたね。
—— BGMだけでなく、今回はボーカル曲も服部さんが書かれていますよね。
藤田 ボーカル曲に関しても、今回は劇場映画として上映するわけではないので、変な宣伝効果を狙った歌手を起用しなくてもいいというのが前提としてありましたね。ガンダムは、お客さんが何十年にも渡って支持して、愛されている作品なので、安彦さんも今西さんも本編のテイストに合う曲を書いて欲しいと言われていました。服部さんもボーカル曲を書くことに意欲を示してくれて、何度も打ち合わせをして資料を読んでいく中で、ガンダムという作品を理解して「こういう作品のエンディングに流れる曲なら書いてみたい」と言ってくれました。結果、今西さんが希望されたyu-yuさんが、活動休止中にも関わらず参加してもらえて、すごくいいものが出来上がりましたね。切れ目なく、最後まで音楽と歌が繋がっていくというのが、本当に良かった。
—— 第2話では、ハモンがクラブ・エデンで歌うシーンがあり、そこには安彦さんのこだわりが反映されたと伺いましたが、どのようなやりとりがあったのでしょうか?
藤田 漫画原作をご存知の方はよく判っているかと思いますが、安彦さん自身が漫画でそのシーンを描かれているので、曲のイメージや雰囲気が具体的に頭の中にあるんです。そこで、安彦さんの考えをベースにして、我々はどういう音楽を作るか、ハモンにどんな歌を歌わせるかを服部さんとは話合いました。ハモンのバックにベースやドラムがいて、ジャズっぽい雰囲気とテンポ感があるというイメージは変えられないので、どんな曲がいいかというデモテープを作ってもらい、安彦さんと今西さんに聴いてもらって詰めて行きました。音楽は、みんな好きであればあるほど個人の趣味が出るので、そうした個人の好みを1つにまとめるのはとても難しいです。だから今回のハモンの歌に関しては、歌録りがすごく大変でした。
 また、今回は歌っている口がアニメと合うようにしなければならなくて、スタジオに撮影の機材を持ち込んで歌っているところ、演奏しているところも全部撮影しているんですよね。ミュージシャンの動きも撮らせてもらう必要があったので、通常のレコーディングなら2時間で済むところが、4〜5時間もかかっていますし、歌っている方には動きも作ってもらったりして、いろいろとわがままを言って素材をたくさんあつめて、それを画作りに使ったという。とても贅沢なやり方をしています。
 ガンダムという作品が、そういうこだわりを呼ぶというか、要求をしてくるのですよね。スタッフだけでなく、音楽家にも妥協させないという。ガンダムにはそういう縛りみたいなものがあるんですよ。
—— こうして、35年という時間を空けて『THE ORIGIN』という『ガンダム』と同じ時代感や空気感を持つ作品を手がけた感想はいかがでしたか?
藤田 自分が最初に手がけた作品を、35年経ってまた現場のプロデューサーとして仕事ができているということは、やはり感無量ですね。悲しいかな、渡辺岳夫さんも亡くなられてしまっていますし、安彦さんのジャケットイラストを実現させた岸本さんも、音響監督の松浦(典良)さんも、そして声優の方も何人か亡くなられているという中で、また音楽を手伝うことができたことは、非常に光栄というか、恵まれているというか、本当に嬉しいです。『ガンダム』をベースにしているからということで、私にまた出る幕が与えられたと思っています。35年前の同じやり方ではなく、今の時代に則した、新しい音楽、新しいガンダムの楽曲を作るにあたって、自分がどのようなアドバイスができるかというのが重要でしたね。作品に関われば、「もっとこうできたのではないか?」という思いが必ず残るのですが、今回は本当にやり切ったと思っているので、第1話『青い瞳のキャスバル』の仕上がりにはすごく満足しています。
—— では最後に、今後の作品をご覧になる方に向けて、音楽的な注目ポイントを教えてください。
藤田 今回は作品の冒頭からエンドロールまで、服部さんの音楽でできるだけ埋めていこうとしています。どうしても、渡辺岳夫さんや松山祐士さんの音楽を使った方がいいという部分もありますが、基本的には服部さんの音楽で最後の歌まで作っていくという、統一感のある音楽をベースに作品が進行していきますので、その統一感をフィルムから楽しんでもらえると嬉しいです。取って付けたような音楽はひとつもありませんので、第2話以降も楽しんでいただけると思います。

 リレーインタビュー連載、次回は第2話の演出の原田奈奈さんです。
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