第40回
英語版 音響・録音監督
ステファニー・シェイ
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下、『THE ORIGIN』)は、ソフトの販売や映像配信を、国内だけでなく海外へも向けて世界同時展開で行っている。そのため、Blu-rayソフトには、日、英、仏、韓、中(繁体字(台湾)、繁体字(香港)と簡体字)の字幕、日本語と英語の音声を収録。日本語以外で、唯一音声吹替となっている英語版も、世界同時配信のために、国内での制作とほぼ同時進行で作業が行われている。英語版音声吹替の音響・録音監督を務めるのは、ステファニー・シェイさん。彼女は、経験豊かな声優として数多くの声を担当しながら、音響・録音監督を兼任し、日本のアニメにも理解が深い人物である。そんなステファニーさんに、『THE ORIGIN』を通して、日本とアメリカでのアフレコ作業の違いやこだわり、そしてガンダム作品に対する思いを語ってもらった。
—— ステファニーさんは、日本のアニメ作品の英語版制作における「音響監督」を務めていますが、具体的にはどのようなお仕事をされているのでしょうか?
ステファニー 日本で「音響監督」と呼んでいる仕事は、こちらでは「録音監督」と呼ばれています。日本のアニメ作品を英語にローカライズするにあたって、映像に合わせて英語の音声を録音することが主な仕事となっています。手順としては、まずアニメの映像と台本を受け取ります。そして、日本語のオリジナル台本を英語に翻訳したものをもとに、場面を一緒に見ていきます。その後、キャラクターの話す長さや口の動きに合わせて台詞の表現を整えて書き直し、英語版の録音用台本として完成させます。録音用台本は録音監督である私自身が書くため、各話数を何回も場面ごとに見ていく作業を重ねていくのですが、これがその後の作業のための格好の準備にもなっているんです。実際に、声優の演技を演出する際にはすごく役立ちます。吹き替え用の台本を書く時には、翻訳家のメモなども読み込んでいるので、各台詞がなぜこのように書かれているかを、声優に詳しく説明できるようにもなるからです。アフレコに関しては、基本的には日本語版に近づけるよう、英語版の声優に演技指導をするわけですが、完全にマネをするということではありません。やはり、英語圏の視聴者のことを考えないといけないので、オリジナルに合わせて忠実に演技してもらう一方で、英語圏の視聴者が理解できて、楽しめるものにしなければならないと思っています。そういう意味では、全般的には人に指示を出すというのが主な仕事ということですね。
—— 今まで、どのような作品の音響・録音監督を務められましたか?
ステファニー ガンダム作品では、『機動戦士ガンダムUC』、『機動戦士ガンダム サンダーボルト』、他のアニメだと劇場作品の『君の名は。』や『聲の形』、『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』なども担当しています。
—— 日本では、声優が1つのスタジオに集まって2日程度かけてアフレコ収録するのですが、英語版は収録の仕方が違うそうですね。
ステファニー 私自身、日本に行って実際にガンダム作品のアフレコを見学させてもらったことがあります。そこでは、アメリカと全く違った方法でアフレコ作業が行われていました。キャストがほぼ全員集まり、いくつものマイクを揃えて、シーン毎に登場するグループに分かれ、ビデオ映像に合わせて各人がその都度立ち上がって台詞を言っていました。アメリカでは、こうしたやり方ではなく、すべての声優が別々に録音します。個別の台詞はもちろん、多人数が喋っているwalla(日本ではガヤ)の場面でも、「ジーク・ジオン!」とグループでひとつの言葉を連呼する場面でも、ひとりずつ録音します。この方法をとるには理由がありまして、まずは1日で収録すると多くの声優が集まるため、スケジュールの調整が難しいということがあります。もうひとつは、アメリカの声優は場面の口パクに合わせてスムーズに録音できるような訓練をされておらず、台詞をひとつずつ口パクに合わせて録音しなければならないからです。映像にあるタイムコードに対応して、台本にもタイムコードが書かれているので、声優はタイムコードを確認しながら演技していくことになります。各台詞については、まずは日本語の台詞を1回見てから、それを参考にして録音に入ります。録音時はビープ音が3回鳴り、その後に画面を見ながら口パクに合わせて演技をしていきます。時にはやり直しもしますし、音響編集ソフトを使って若干の編集を行って、より口パクに合わせるという作業をすることもあります。こうした形で、1時間に25から30の台詞を録音するのが普通のペースですね。声優によっては収録が短時間で済むことがありますが、基本的には最低2時間の枠を取って声優に仕事を依頼していまして、残った時間はwalla(ガヤ)の録音をしてもらいます。日本とはかなりやり方が違いますね。
—— 英語版のキャストを選ぶ際には、日本語版キャストが演じるキャラクターの声質や雰囲気を参考にされたりするのでしょうか?
ステファニー キャスティングに関しては、日本の声優の方の声を参考にしています。とは言え、アメリカの視聴者のことを考えて、時には声のタイプが少し違ってしまうことはあります。例えば、極端に声のトーンが高いキャラクターがいるとします。アメリカの場合は日本に比べると、高音の声を好まれないので、声が高めの声優を選ぶとしても、日本に比べるとちょっとニュアンスが違ってくることもあります。もうひとつ重要視しているのは演技力です。特に難度の高い役を演じて貰う際には、日本の声優と声質が似ていることと演技力の上手さの二者択一になった場合は、演技力のある声優さんを選ぶようにしています。
—— ステファニーさんは、録音監督としてだけでなく、声優としても活躍されていると伺いました。演技指導を行うという部分を含めて、声優としてのキャリアは役立っていますか?
ステファニー 録音監督をやる上で、自分が声優であることはとても有効な利点であると思っています。それは、録音ブースの中にいる声優の気持ちがよく判るからです。声優が今、どういう思いをしているのかが判れば、仕事はやり易くなりますし、彼らを思いやることもできます。声優によっては、とても感受性が高く、傷つきやすい人、心情が不安定になる人もいます。私は、声優がよりよい演技をするためには、落ち着いた気持ちでいる必要があると思っているので、そうした状況を理解し作ってあげるということにおいて、自分自身が声優であることは大きな助けになります。また、自分自身でも演技のテクニックを知っているので、新人に近いような声優が、台詞を言うのに難渋し、リアクションをするのに困っている場合など、どういうやり方をすればいいか技術的な助言を与えることもできます。どういう演技をさせるかという指示だけの演出ではなく、特定の音声を出せる方法を教えて助けることもあります。
—— ちなみに、ステファニーさんはどのような作品で声優をされているのでしょうか?
ステファニー 随分と長い間、声優をやらせてもらっていて、自分が年を取ったような気分になりますね(笑)。『美少女戦士セーラームーン』の旧作の吹き替え新録版と『美少女戦士セーラームーン Crystal』では、月野うさぎの新たな声を担当させてもらっています。その他、『君の名は。』の宮水三葉、『NARUTO-ナルト-』の日向ヒナタ役などを演じました。『機動戦士ガンダムUC』では、ミネバ・ザビの声もやらせてもらっていて、『THE ORIGIN』の第5話では赤ん坊のミネバを見ることができ、さらにその父親であるドズルを演出するのも楽しく、時間を越えた本当に面白い体験をさせてもらいました。また、『機動戦士ガンダムUC』と『THE ORIGIN』の両作品においてハロの声もやらせてもらっているのですが、作品や時代を超えてもハロは変わらず、年をとっていないんですよね(笑)。
—— 『THE ORIGIN』という作品では、どのようなこだわりを持って作業されていますか?
ステファニー ガンダムの世界にはあまりに大きな歴史がありますので、『THE ORIGIN』で最も気に掛けたことは、そこに根付いている伝統の部分です。幸いなことに、この作品には多数の制作監修者がついていて、翻訳や発音についてもコメントを出してくれますし、オリジナルの日本語台本の翻訳や英語の吹替用台本を制作する上では、それらを踏まえて多くの改稿を重ねて完成させています。また、ブースの中で録音している最中や、台詞を聞いている時でも、この「伝統」の部分を意識し続けなければならないことが、普通のアニメーションとは違う部分ですね。シリーズの歴史を尊重することが重要であり、端役と思われるキャラクターをキャスティングする際にも、そのキャラクターも物語の歴史の一部であることを知ることができて、とても面白いと思うことがありました。今回の作品は、本筋となる物語の「過去」を描いているので「このキャラクターは、後でもっと重要な役になるぞ」と判るわけです。そこで、時にはキャストのオーディションをする際には、今回は映像化されていない漫画原作の場面を使うこともあります。第5話では2つしか台詞がなくても、漫画にあるような場面でちゃんと演技できるかを確かめる必要があるからです。今回は、その声優の台詞が2つだけでも、より大きな役柄になった場合のことを考えてキャスティングしているわけです。そのような感じで、私の一番のこだわりは、ガンダムの世界に流れる歴史に忠実であろうとすることにあります。
—— 第5話からはメカの戦闘シーンなどが多くなっていますが、第1話から第4話までとは違う部分で、大変なところはありましたか?
ステファニー 確かに、第5話は戦闘シーンが多かったですね。戦闘シーンのいくつかはナレーションで補完されていたので、話の展開がどうなっているのかなど判り易くて良かったと思います。メカが絡んだ戦闘の流れに関しては、自分では追い切れないところがあり、どこで何か起こっているのかを説明してくれるナレーションがあって助かりました。その一方で、個人的には第5話は、挿入カットとして過ぎていく戦闘シーンをもっと見たいと思いました。例えば、ティアンムの艦隊が移動するアイランド・イフィッシュに遭遇するシーンは、攻撃すべきかどうか悩むようなドラマがあったと思うので、そういう部分をもっと見てみたいですね。
—— その他、『THE ORIGIN』だからこその苦労やエピソードはありますか?
ステファニー 第5話は今まで作業してきた中では、一番大変だったかもしれません。その理由はいくつかあります。最も大きなものは、多くのカットで動画が完成していなかったことです。英語台本に翻訳する過程では、ライターはビデオ映像を見ながら台詞が動画のタイミングに確実に合うよう、台詞を口に出して読みながら執筆します。ところが、動画が完成していなかった。そこで、音声を頼りに台詞を考えるわけですが、最終的には日本語の台詞に合わせて完成するキャラクターの口の動きが、自分の予想とは違ってしまうことがあります。台詞の中間での言葉の切り方、一瞬の間がある場合など、音としては存在していても、動画には明確に反映されていない場合があります。短い台詞であればまだいいのですが、動画が完成していない長い演説のシーンなどもいくつかあったので、そこが大変でした。作業としては、少しずつ完成されつつある最新版の映像を受け取っていくのですが、それにあわせて台本を書き換えなければならなかったので、その分仕事量が増えたことになります。さらに、録音を始める段階になっても本編は完成していなかったため、同じ台詞をいくつか違ったバージョンで録音することにもなりました。特に大変だったのは、ドズルとガルマの役の人たちですね。この二人は大声を上げたりする部分が多く、同じ台詞の違うバージョンを録音することで、さらなる大声を出さなければならなくなるなど、苦労している部分があります。もうひとつ大変だったのは、自分が録音の初日に体調を崩し、熱を出してしまい、その週は不調のまま作業をしなければならず、それが辛かったですね。そして、本作が今までよりも長尺だったことが最大の苦労でしたね。台詞の数が多く、録音自体も長くかかっています。
—— 日本と同時展開するからこそ苦労されたということですね。こうした、日本と同時展開する作品の吹き替え作業は、通常どれくらいの時間がかかるのでしょうか?
ステファニー 『THE ORIGIN』のような長編の場合だと、英語音声の録音にはおよそ5日から7日くらいかかります。第5話は長尺だったのですが、収録に許されたスケジュールは、第4話までと変わりませんでした。そのため、1日あたりの収録時間が長い日がありました。ある日は、朝の7時から作業し、夜の9時まで録音作業を行い、次の日は朝8時から夜9時まで……という感じでした。昼休みなども短くなり、その短い昼休みに素材の確認作業をするなど、なかなか大変で、スタッフのみんなが頑張って仕事してくれて、何とか完成させることができました。
—— ちなみに、通常の1本30分のアニメーションの場合はどれくらい時間がかかりますか?
ステファニー アニメーションが完成している30分番組の場合は、2日から3日という感じでしょうか。それから、録音作業時間は、台詞の数によっても変わってきます。「日常系」と呼ばれるアニメの場合は、台本が長めになりますし、アクションものであれば短くなります。作業するなら、アクションものがいいですね。日常系の高校生活ドラマなどは会話が多いので大変です。
—— 日本で発売されているBlu-rayには英語音声も収録されています。それらを楽しむ日本のファンへメッセージをお願いいたします。
ステファニー 『THE ORIGIN』を応援いただき、ありがとうございます。このプロジェクトを開始した頃は、サンライズからは全4話の制作と伺っていました。シリーズとしては、もっと短いもので終わる可能性があったのですが、気が付けば第5話に取り組み、さらに第6話もやることになっています。シリーズが続いた唯一の理由は、ファンの皆様が見てくれて、気に入ってもらえたからだと思います。そこで、1年に2回だけ私たちは集まり、ガンダムの仕事をし続けることができているわけで、ファンの皆様の応援には本当に感謝しております。自分は『機動戦士ガンダム』という作品に関してはそれなりに知っていましたが、それほど詳しいわけではありませんでした。しかし、このプロジェクトの仕事をすることで、宇宙世紀を舞台にしたガンダム作品のストーリーラインと伝統に触れることでき、本当にいい機会を得ることが出来たと思っています。そこには、本当に複雑なストーリーがあり、多くのキャラクターが存在しますので、ガンダムの世界に踏み入れば踏み入るほど、より深さが判るようになります。よく知らない人たちにとっては「単に巨大なロボットが出て来て、メカ同士で戦っているだけじゃないか」というイメージを持つかもしれませんが、もっと踏み込んでみると、政治劇なども理解できるようになり、ジオンと連邦のどちらに味方をするかという選択も難しくなっていきます(笑)。そして、時には現在の世界政治に当てはまることもあり、「あれ、この紛争は、今この世界で現実に起こりつつあることとそんなに違わないのではないか?」と思えてきます。そうした深いテーマを持つ作品が、いまだに続いているわけで、私はその状況に本当に感謝しています。機動戦士ガンダム THE ORIGIN 英語版 ビデオメッセージ
- 音響・録音監督
Stephanie Sheh - キャスト
Keith Silverstein - キャスト
Lucien Dodge - キャスト
Amanda Shuckman