第25回
リノ・フェルナンデス役
前野 智昭
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下、『THE ORIGIN』)のアニメーション制作にあたり、シャアに転身したキャスバルの正体に肉迫する重要なキャラクターとして、新たに誕生したリノ・フェルナンデス。その唯一のオリジナルキャラクターを演じるのは、前野智昭さん。変貌した親友への疑念、その正体を看破した歓喜と畏怖、カリスマへの信奉……スリリングな展開に同調するように変化していくリノの心情を、どのように捉え、どう表現したのか? リノの役作りを中心に話を伺った。
池田さんは、声を発するともうシャアそのものなので、隣のマイクでやらせていただいた時も「本物のシャアだ」って本当にドキドキしました。
それから、尺としては仕方ないですし、漫画原作でも描かれてなかったので仕方ないですが、士官学校の学園生活はもっと見てみたかったですね。バスケしているシャアやフェンシングをしているシャアが映りますが、劇中で描かれる以外にもいろんな学園でのイベントもあると思うので、そういう部分はファンとしては見たかったですね。
次回のリレーインタビューには、第3話の主題歌を歌われた柴咲コウさんにご登場いただきます。
—— 『機動戦士ガンダム』という作品との出会いはいつですか?
前野 子供の頃に『SDガンダム外伝 ナイトガンダム物語』『スーパーロボット大戦』などのゲームをプレイして、アニメ本編に興味がわいてレンタルビデオを借りてきて観たのがきっかけです。そのおかげで中学生の頃には、ほぼ全てのシリーズを網羅していました。そのため、特定のシリーズのファンというのではなくて、ガンダム作品全般が好きという感じですね。最近でも、『機動戦士ガンダム 戦場の絆』などのアーケードゲームも楽しんでプレイしています。
—— 『THE ORIGIN』の漫画原作は読まれていましたか?
前野 ゲームから入ったとは言え、ガンダム関連作品は漫画も読んでいたので、『THE ORIGIN』の漫画も読んでいました。僕たちの知っている一年戦争以前の話を掘り下げたり、シャアの生い立ちが徐々に明らかになっていったりするところで非常に興味深いお話だったので、どこに着地するのかなとドキドキしながら読みました。『機動戦士ガンダム』の時点では想像の部分でしか補えなかった、サイド3と地球連邦の対立の関係など、宇宙世紀の歴史を改めて知識として補完できる、不思議な新鮮さがありましたね。
—— 『THE ORIGIN』リノ役はオーディションで決まったのでしょうか?
前野 オーディションではなく、ご指名でいただいたので驚きました。その時はまだキャラクターの名前は決まっていなかったんですが、漠然とシャアの仮面にまつわる逸話を持っていると聞いて、そんな重要なアイテムにどう関わっているのか楽しみでしたね。
—— リノは『機動戦士ガンダム』はもちろん、『THE ORIGIN』の漫画原作にも登場していない新キャラクターですが、その役を振られたときはどう思いましたか?
前野 自分がガンダムの歴史に少しでも携わることができるということが、ファンとして嬉しかった反面、逆にどう演じていこうか迷い、緊張しました。手掛かりはほとんどなく、真っ白な状態からの役作りでしたが、前に誰も演じられていたわけではないので、逆に演じやすかったのかなという気はしました。オリジナルのキャラクターだからこそ、プレッシャーから解放されて伸び伸びと演じることができて良かったのかなと思いました。
—— リノは、シャアの正体を見破るというストーリー的に重要ではありながら、コメディリリーフ的な側面もあるキャラクターですが、どのように演じようと思いましたか?
前野 三枚目的なシーンは楽しく、シャアの正体に気付いてしまうシーンはシリアスにという風に、切り替えをうまくやれるように意識しました。収録にあたり、アニメ的な感じではなく、映画の吹き替えに近いリアルに寄った芝居をして欲しいとアドバイスを頂きましたし、自由に楽しくやってくれればいいですよという雰囲気を作ってくださったのが良かったです。事前に役を作りすぎると、現場での要望に応えづらくなってしまうので、ガチガチに固めずになんとなく3パターンぐらいの方向性を準備しておいたんですが、最初のテストでやったラインですんなり決まったので、後は現場でみなさんの会話を聞いて決めていったという感じでした。
—— リノを演じる上で難しかったことはなんですか?
前野 シャアとの距離感ですね。リノは当初、シャアに対して“ハイスクール時代の友人”だと思って接しているんです。最初のシーンから「お前、印象変わったな」と言うシーンがあるんですが、そこではまだ彼は元のシャアだと思い込んでいるんですね。そこから徐々に「これは違うんじゃないか」と様子が変わっていくのをどの程度出せばいいのか、疑っている演技を強めにするのか弱めにするのかという部分のさじ加減というのは音響監督の藤野貞義さんと相談しつつやらせてもらいました。
—— 逆に演じていて楽しかったのはどこですか?
前野 リノはアドリブが多いキャラなので、表情をどれくらい拾って、それをセリフに反映させるかというところですかね。リハーサルで映像を見せていただいた時に、映像がかなり出来上がっている状態だったので、「このアクションの時は、ここでアドリブを入れよう」とかいろいろ模索できるという部分は楽しかったです。
—— シャアが別人であるとリノが気付いた後は、演技のやり方を変えましたか?
前野 そうですね。疑問が確信に変わったのは、「あの時もお前が先頭を走っていた」とかまをかけた質問をした時に、シャアが「ああ、そうだったな」と返すところでしょうね。その時に、「あ、やっぱり」というリノの表情、不気味な笑みが印象的でした。そこからきっと自分でいろいろ内偵調査して、シャアの正体がキャスバル・レム・ダイクンであると突き止めたんでしょう。すると今度は、それをもとに脅したりするのではなくて、キャスバルとしての彼を信奉するようになる。マスクを渡したのも、キャスバルの信奉者として他の人に正体がばれないようにするためですからね。しかもあのマスクは、リノ自身がルナボールで使うものを改造したものなので、リノのお手製品をシャアが着けてくれたということになる。そう考えると、すごく光栄ですね。
—— 現場の雰囲気はいかがでしたか?
前野 『THE ORIGIN』と聞いただけで、プレッシャーもあり、自然と緊張してしまうんですが、池田(秀一)さんをはじめとしたベテランの先輩方が僕たちのやりやすいようにいい空気を作ってくれていたように感じました。休憩時間には普通に談笑とかしてくれたので、ガチガチにならずに済んだというか。そういう意味では、変にピリピリしないで、ほどよい緊張感の中でやれたのではないかと思います。ガルマ役のカッキー(柿原徹也)は、専門学校時代からの知り合いだし、ドズル役の三宅(健太)さんもよく知っていることも緊張しすぎなかった理由かもしれませんね。僕自身は池田さんと本格的に絡むのが初めてだったので、ちょっと緊張しているのに、『機動戦士ガンダムUC』で池田さんと共演していたカッキーが「秀一さん」と下の名前で呼んでいるのはちょっと羨ましかったです(笑)。池田さんは、声を発するともうシャアそのものなので、隣のマイクでやらせていただいた時も「本物のシャアだ」って本当にドキドキしました。
—— 『THE ORIGIN Ⅲ』で印象に残ったシーンは?
前野 重装行軍訓練の最中、ガルマが崖から落ちたところをシャアが助けに行ったときに、ガルマとシャアの距離が決定的に近くなるシーンですね。「ああ、友情だな」と思ったんですが、でもシャア自身が本当に友情を感じていたかどうかは、計り知れない。そこがシャアっぽくて印象深いです。そうした対応は、リノに対してもあるんですよね。リノから渡されたマスクを被らないで、そのままサングラスでいても問題がないとは思うんですが、手渡されたマスクをあえてつけてくれるというのは、シャアの優しいところが現れているシーンにも見えるんですよね。でも、本心に関しては「本当はどう思っているんだろう?」って考えることしかできなくて、シャアは本当に読めない男だなと改めて思いましたね。それから、尺としては仕方ないですし、漫画原作でも描かれてなかったので仕方ないですが、士官学校の学園生活はもっと見てみたかったですね。バスケしているシャアやフェンシングをしているシャアが映りますが、劇中で描かれる以外にもいろんな学園でのイベントもあると思うので、そういう部分はファンとしては見たかったですね。
—— 『THE ORIGIN』のアニメの印象はいかがですか?
前野 やっぱり大人になってわかることも多いなと、改めて思いましたね。多分『THE ORIGIN』をご覧になる方って、本当に『機動戦士ガンダム』が好きな人が多いと思うんですが、そういう方が観ても、新鮮でおもしろいと感じられる作りになっているのが、純粋にすごいなと思いましたね。当然ですが、最初の『機動戦士ガンダム』と比べると絵も何倍もきれいなので、ファンとしてはこのクオリティで一年戦争を全部観てみたいという気持ちになりました。多くの方から支持されているガンダムの歴史とシャアの歴史に、リノという役で携われたことは本当に光栄ですし、僕自身もファンのひとりとしてこれから展開を楽しみにしていますので、今後とも『THE ORIGN』の行方を一緒に見届けていただければと思います。
次回のリレーインタビューには、第3話の主題歌を歌われた柴咲コウさんにご登場いただきます。