第34回
美術監督  美術設定

東 潤一 × 兒玉 陽平(後編)


前回に引き続き、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(以下、『THE ORIGIN』)の美術全般を担当する背景制作会社イースターに所属する、美術監督の東潤一氏、美術設定の兒玉陽平氏に話を伺った。後編では、オリジンスタジオとの作業をスムーズに行うための美術監督補佐の小高猛氏を交えることで、『THE ORIGIN』だからこその美術的なこだわりや苦労、安彦良和総監督とのやりとりなどを語ってもらった。
—— では、ここからは『THE ORIGIN』だからこその美術に関してお話を伺っていきたいと思います。まず、美術監督として『THE ORIGIN』らしさはどのような部分にこだわっていますか?
 まず、ガンダム作品の中で、『THE ORIGIN』という作品がどういう位置にあるのかを考えなければならないと思いました。僕個人の考えとして、僕自身が美術監督として関わった『機動戦士Zガンダム』や『機動戦士ガンダム0083』などの時からこだわっているのは、メカもの、ロボットもの、SFものだからといって暗い色や渋い色にしてしまわないということです。そこが、他のガンダム作品の美術監督を担当された方と僕の方向の違いだと思っています。僕自身の考えとしては、いろんな色がたくさん使われた世界の中で、メカものらしいシリアスなアクションや芝居があってもいいのではないかと。そういう意味では、『THE ORIGIN』だからというよりは、僕が担当しているからこそ、美術面では色数が多い傾向で描くようになっています。ただ、今後の『ルウム編』になるとアクションが多くなるので、より緊迫感のある色味にこだわれたらと考えています。色味に関しては私ひとりが決めるのではなく、各話の演出の方と綿密な話し合いをしつつ、それらの希望をとりまとめながらも、各話で差が出ないようにするのが美術監督としての役目になっています。
小髙 私は制作として、東さんと演出さんとの間を取り持つ役目を担っているのですが、演出を担当している江上(潔)さんと原田(奈奈)さんでは、意見は共通しているようで、当然ながら違う感覚を持っておられます。その演出的な違いを合わせていくという部分は、毎回苦労するところでもあり、いい経験にもなっています。江上さんはディテールよりも雰囲気を重視されますし、原田さんは細部のディテールとレンズによってとらえられる背景の忠実さにこだわるという感じで、そうした演出家の個性も美術には大きく影響しています。
 どうしても、演出としては自分のカラーを出したいわけですから、美術監督としてはそうした演出の仕事をサポートしてあげないといけない部分もあるので、融通性という部分は難しいですね。特に、『THE ORIGIN』はみんなの思いが強いので、現場は大変ですね。背景は1カットごとの積み上げですからね。その基本の部分を大事にしています。
—— 『THE ORIGIN』はシャアが主人公ということで、背景の色でも「赤」はこだわらなければならない重要な色だと思いますが、そうした部分でのやりとりはいかがでしたか?
 第3話では、シャアが「赤い彗星」を意識し始める流れがありましたし、これからも出てくると思います。キャラクターの色のイメージという部分では、安彦(良和)さんが確かに持っていられますし、そうした色のイメージは美術側でも守って行きたいと思っています。
—— 背景の色に関してはキャラクター性や場所によってコントラストなどを変えているということでしょうか?
 そうした部分もやはり演出の方のこだわりを、話数ごとに最大限に拾いあげていくという感じですね。例えば、第4話のシャアがララァのニュータイプ能力に反応する生身の戦いのシーンとマフィアと戦う夜間シーンでは、単に夜だから背景が暗いというのとは違って色味の濃さなどにもこだわっていたりするので、やはり演出さんと1カットずつこだわって作り込んでいく感じですね。そうした部分は物語の緩急にも大きく関わる部分ですから、僕らが勝手に決めていいわけではなく、演出さんを信頼しつつ色を決定していくという感じです。
—— 具体的に苦労したシーンはありますか?
小髙 第3話でシャアが連邦軍の司令室に入るシーンがありますが、あそこの色味には気を遣いましたね。シャアの後方に消火栓の赤いランプがあったのですが、それを真っ赤にして欲しいというリテイクが安彦さんからありました。「これはシャアの“赤”が際だつ、象徴的なシーンだから、思い切り赤くしたい」と。そこで、どこまで赤くするかという加減で苦労するわけですが、思い切り赤くしたら「これでいい」と言われました。やはり、ここはリアル感を重視するよりも、印象深くしたかったのだと判りましたね。
 色が合うか合わないかは、僕が判断するものではないので、苦労するというよりは、毎回半分不安を抱えつつやっている感じです。美術監督としては「この色味で行きたい」という自意識もありますので、演出の方々とのすりあわせのジレンマに悩まされています。
—— やはり、『THE ORIGIN』は「お任せします」という形にはならない作品なのですね。
 そうですね。演出も美術もそこのバランスですね。機械的にオペレーションして作るものではないですし、自分の思い入れもありますから。だから、そこをどれだけ出して、どれだけ抑えるかというのがアニメーションの作り方だと思います。先ほども言いましたが、僕は美術にたくさんの色を使いたい方なのです。作品内で人間が生活しているということを考えると、あまり深刻なカラーを続けたくないのです。だからどうしてもたくさんの色を使いたい。そこが、作品のファンや監督に受け入れてもらえるかどうか、毎回不安には思っています。
—— 美術設定として、『THE ORIGIN』だからこその苦労はどのようなところで感じましたか?
兒玉 今回、第3話からの途中参加なのですが、宇宙世紀を象徴する要素であるスペースコロニーの見せ方に関して、安彦さんがなかなか納得されていなかったようなのです。そこで、僕に受け渡されたのが第3話のラストでアムロが見るサイド7の風景だったんです。直径6キロのコロニーを印象深く映すという部分でもあり、ここで失敗したら多分この仕事はうまく続けられないという責任を感じましたね。僕の場合、通常だと1枚の美術設定を書くのに1日から2日くらいのペースで仕事をしているのですが、コロニーの美術設定に関しては他の仕事と平行しながら30日くらいかけて1枚を仕上げるレベルの緻密さで仕上げました。その苦労が報われて、安彦さんからOKをいただけたので、そこからようやくスタートできたという感じです。おかげで、その後は意志の疎通がしやすくなり、ある程度の信頼感を持っていただけたという部分で、まさにスタートが最大の苦労でした。
—— 建設中のコロニーにどれだけの説得力を持たせるかで、ラストの印象が大きく変わるので、確かにすごく重要ですね。
兒玉 コロニーの美術設定を描く際には、1枚絵ではなく、建設中の建物やクレーンなど部位ごとにバラバラに描いて、あとでつなげるという方式をとりました。巨大感を示すイメージが、安彦さんの思っているものと、こちらで考えているものではギャップがありまして。そこで、距離感をはかりつつ、安彦さんが納得する落としどころを見つける作業が難しかったです。手順としては、ラフ以前の提案的なものを提出して、そのラフをもとに見え方の違いを確認、修正しつつより精度を上げていったというイメージです。描くにあたっては、超望遠レンズでとらえているような雰囲気とそこに広角レンズ的な効果を入れることで、巨大感を感じてもらえるようにしました。背景が主役というカットでもあるので、安彦さん自身もかなり力を入れていましたね。安彦さんが求めたのはかっこいい絵作りなので、安彦さんの基準の中にかっこいい絵とか斬新ものを欲しているという部分が確実にあるので、それを叶えるという部分が難しいところでした。
—— 安彦さんとお仕事をしてみた感想はいかがですか?
 すごくベテランの方で、それでいてパワフルだなというのが最初の印象です。こだわりも若い頃から変わっておらず、クリエイティブな部分も衰えていなくて、そうしたトータル的な部分で尊敬できる仕事をされているなと思いました。だからこそ、お話作りに参加はしていませんが、絵的な面でサポートしていくという立場で安彦さんの期待に応えたいという思いはあります。
—— 他の監督の方との如実な違いみたいなものは感じますか?
 安彦さんの絵コンテは僕らから見ると完成度がとても高いのですよ。それだけの完成度が高い絵コンテをもとにしながら、フィルムの完成度を下げてしまわないように力も入るという感じですね。あのコンテを見てしまうと、僕たちだけでなく、アニメーターさんや演出家さんもそうですが、何とかコンテの完成度をフィルムに反映させようという気持ちでやりたいと思ってしまいますし、そこが『THE ORIGIN』らしい部分だと思います。
兒玉 僕は東さんに比べればキャリア的にまだまだですが、これまでいろんなタイプの監督の方々と接してきました。その中でも安彦さんは、これまで出会ったことのない、本当に特別で特異な方だと思いました。「こんなすごい人見たことない」というのが素直な感想です。とにかくセンスが凄すぎます。先ほど話した、コロニーの見え方、見せ方に関しても論理的で独特であり、それでいてどう格好良く持って行くかという絵に対する考え方など、自分の感性とも共感できる部分が多かったです。それだけはっきりしたビジョンを持って、「こう表現して欲しい」とオーダーしてくる方なので、物語に関しても相当考えて作り込んでいるのが判ります。演出や監督の中には、ご本人にざっくりとしたイメージはあっても、緻密にしっかりとしたビジョンはなくてお任せしてくる方もいらっしゃいますが、安彦さんはビジョンがはっきりしているところが全然違いますね。並々ならぬ論理の持ち主ですから、一緒に仕事をしていて緊張しますし、緊張感が違います。
小髙 僕は、『THE ORIGIN』は月刊ガンダムエースで連載していた2001年頃から個人的に大好きな作品で、ずっと読んでいたんです。その大好きなコミックスの漫画原作者の方が総監督するという形でお会いしたのが安彦さんなのですが、最初のインパクトは「神様に会った」みたいな感じでしたね。その凄さも知っているわけですから、これはがっかりさせるような仕事はできないなと、意気込みが違いました。改めてお仕事をさせていただくと、コンテを描いている時から安彦さんの頭の中にはビジョンができているのだなというのをヒシヒシと感じていて、そのイメージにどう忠実に合わせていくのかということをがんばって行きたいなと思います。
—— 作品に関わるにあたって、漫画原作に触れたと思いますが、実際に見てみた感想はいかがでしたか?
 僕はお仕事をするにあたって初めてコミックスに目を通したのですが、これは大変な作業になるだろうなと予想ができました。僕もサンライズさんとの仕事は長いので、安彦さんのクリエイティブな感覚をこれまでのスタンダードなサンライズ作品にどう融合させるかポイントだろうと感じました。安彦さん自身がカラーページなどでは、世界に色をつけていますからそれをどのように見せるかが大変そうだなと。
兒玉 僕も今回関わるまでは漫画原作は未読だったんです。ただ、この仕事をやると聞かされた時に「すごい人だから」というのは言われていて。もともとガンダム作品は好きで、TVシリーズの『機動戦士ガンダム』からはじまって関連作品に関する知識はありました。実際に読んでみた感想は、最初はクラッシックな作品だと感じました。いま流行っているような漫画とはちょっと描き方が違う。でも、読み始めたらそうしたクラッシックな安定感がすごくよくなってきて、一見サラっと描かれている流麗な線が感情などの雰囲気が現れていて、本当に凄い漫画だと思いました。
—— それでは最後に、引き続き関わることになる『ルウム編』について、美術的な見所を教えてください。
 1〜4話までの流れから発展させていかないといけないし、変化もつけていかないといけない。そこをできるだけダイナミックな美術で見せたいなと思っています。激しい戦いが描かれるわけですから、できるだけ緊張感のある世界観にしたいですね。宇宙空間での戦いというところで、艦橋やブリッジ、艦内といった場所での緊張感が大事になると思うので、そこに注目してもらえればと思います。
兒玉 美術設定の形としては、今まで通りという作業になっていくと思います。と話数ごとに安彦さんが力をいれておきたいポイント、演出的にこだわっているところが必ずあるので。ザビ家が力を増していく部分は、美術設定として連動していますので、強権的に威圧的でファシズム的な、他者をよせつけない堅いイメージの建物などがどんどん出てきますので、そこをしっかりと作り込む形でやっていければと思います。そうしたザビ家の「怖さ」を美術設定から感じてもらえれば嬉しいです。

リレーインタビュー次回は「機動戦士ガンダム THE ORIGIN MSD ククルス・ドアンの島」の漫画のおおのじゅんじさんにご登場いただきます。
PREVNEXT