宇宙世紀事始め Ⅰ その6
「ラル家とCLUB EDENに関わる人々」

 U.C.0068年当時 —— 。
 サイド3、ムンゾ自治共和国の議長を務めていたジオン・ズム・ダイクンには、二人の側近がいた。
 ひとりは、副議長を務めるデギン・ソド・ザビ。
 もうひとりは、ラル派の重鎮、ジンバ・ラルである。

 ムンゾ国内で権力の主流にあったジオン党は、党首ダイクンを筆頭にして、二つの大きな派閥で形成されていた。デギンの率いるザビ派と、ジンバが率いるラル派である。
 だが、この二派閥はジオン党内で熾烈な権力争いを続けていた。
 ダイクンの古くからの友人であり、支援者であったデギンとジンバだが、政争に聡い息子達がいたザビ家は、次第にジオン党の実権を掌握していった。
 これに不満を持つジンバは、ラル派の勢力を糾合し、ザビ派を牽制しつつジオン党内での主導権奪回を図ろうとしていた。

 その矢先に起こった事件が、ダイクンの急死である。
 ザビ家は、敵対していたラル派のジンバ・ラルを巧妙な情報操作で表舞台から追い落とす。ダイクンの葬列が爆破され亡くなったザビ家の次男サスロの死をラル家による暗殺だと喧伝し、ムンゾ国民に信じさせることに成功したからだ。

 だが、ジンバは、その地位を失う直前、ダイクンの子を産んだアストライア・トア・ダイクンに、ダイクンの死がザビ家の陰謀であるという自身の疑念を吹き込み、遺されたふたりの子ども達キャスバルとアルテイシアともども、自邸に確保しようとする。
 二人の遺児を切り札に、ジオン党主流とムンゾ政権の双方の奪取を目論んでいたのだ。
 だが、この行動は更なる災厄を招くのだった。

 ジンバには、ひとり息子のランバ・ラルがいた。
 ムンゾ自治共和国の防衛隊に所属するランバは、アストライアと子ども達の警護に就くと、アルテイシアの飼い猫をラル邸に連れてくる作戦などにも率先して動き、三人の信頼を勝ち得ていく。
 この作戦に同行したのが、後年、ア・バオア・クー攻防戦において、アルテイシアと数奇な再会を果たすドノバン・マトグロスだったが、それは、また別の話となる。

 ザビ家との政争に敗れ、粛正の危機にさらされた父ジンバの命を、息子ランバは救おうと考える。その時、ランバが頼りにしたのが、クラブ・エデンの歌手クラウレ・ハモンだ。

 ハモンは、アストライアがダイクンの愛人となる前にクラブ・エデンで歌手をしていた頃からの旧知の間柄だった。
 才知も度胸もあり、ある種のコネクションにも通じていたハモンは、連邦軍士官に化けるといったスパイ顔負けの活躍で、ランバの期待に応えていく。

 クラブ・エデンには、かつて防衛隊に所属し、ランバの部下でもあったクランプも、バーテンダーとして働いていた。防衛隊がムンゾに駐屯している地球連邦軍の風下に立っていた事が我慢できなかったクランプは除隊していたが、後年、ランバの下で再び部下として働くことになる。
 それは、ムンゾから遙かに離れた地球の北南米においてだったが、これもまた別の話である。

 クラブ・エデンには、宇宙港の港湾局に所属するひとりの青年士官も入り浸っていた。それはハモンに惚れたタチ・オハラという少尉だった。
 タチは、ランバとハモンが計画したジンバの脱出行において、重要な役割を果たすことになる。そして、後のアルテイシアや、ハモンの運命にも関わっていくことになる。
 しかし、0068年当時のタチには、その予測は全くと言っていいほど無かった。

 また、キャスバルの少年期において、ダイクンの思想体系とザビ家への憎悪を吹き込み続けたのが、ジンバ・ラルだ。
 キャスバルがそのまま受け取ったかどうかは定かではない。しかし、父ダイクンの急死によって知らずに済んだかもしれなかったことに触れざるを得なかったのは、ラル家の人々と関わったせいであったことは否めない。

 そして、このラル家と彼らの奮闘に参加した人々と、もっとも縁があったのは、実はアルテイシアだった。
 彼女は宇宙世紀0079年、ジンバ・ラル以外のラル家ゆかりの人々のほとんどと希なる再会を果たすことになるのである —— 。

 そしてハモンとタチらと行った作戦の三年後、ランバ・ラルは、父のジンバと違う道を歩むことを選択する。
 その道程には、ふたたびザビ家が関わってくるのだった……。
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